「安く作れますか」という質問に、まともに答えられる開発会社は少ない。
業界全体で、AI以前の見積もりの出し方、提案の仕方から変わっていないからだ。うちも例外じゃなかった。
お客さんが「もっと安くならないか」と思っていても、こちらからその話を切り出せていなかった。打ち合わせで言えないのは、説明する時間が足りないから。今までの常識と違いすぎるから。簡単に理解してもらえると思えないから。
でもずっと、モヤモヤしていた。こうすればもっと安くなるのに。
でも言えない。お客さんが時間をかけて要件を整理してくれていたり、お金をかけてデザインを発注してくれていたりする。その上で「それ、使わない方が安くなります」とは言えない。言えるわけがない。
それでもやっぱり、思ってしまう。そのこだわり、今じゃなくていい。そのデザイン、参考程度にとどめた方がいいものができる。——飲み込んで、プロジェクトが進んでいく。
それをちゃんと言語化しておきたくて、この記事を書いた。
まず、AIで何が変わったのか
AIによって、「実装」の工数が限りなくゼロに近づいている。
少し前まで、エンジニアがコードを一行一行書いていた作業の多くが、今はAIが数秒で出してくる。画面を作る、機能を繋ぐ、データを処理する——こういった「実装する」という行為そのものが、どんどん自動化されている。
つまり今、開発コストの構造が変わった。
今まで開発コストを下げる方法は一つだった。開発量を減らす。機能を削る。画面を減らす。それだけだ。量が工数を決めていたから、量を減らせば安くなった。
でも実装の工数がほぼゼロに近づいているなら、機能が多くても画面が多くても、それ自体はもうコストの主役じゃない。
コストを決めているのは今、「量」じゃない。
では何が決めているのか。
コストを決める、三つのこと
一つ目は、「ゆらぎ」をどこまで許容できるか。
以前は、デザインを用意してくれるお客さんの方が、開発は安くなった。デザインが決まっていれば、それを実装するだけでいい。工程が減るから、当然コストも下がる。
でも今は逆のことが起きている。
デザインを用意されてしまうと、高くなる。
なぜか。AIはゼロからデザインを出すのは得意だが、「このデザインと全く同じものを作って」と言うと途端に苦手になる。ピクセル単位で合わせようとすると、結局人間が手で調整することになる。しかも正直に言うと、「このデザインで確定」と指定されたものより、AIが最初に出してきたものの方が良かったりすることがある。
これはデザインだけじゃない。機能の細かい挙動、画面の構成、テキストの表現——全部に言える。AIの出力には必ずゆらぎがある。そのゆらぎを「まあこれでいい」と受け入れられる範囲が広いほど、コストが下がる。
完成形への執着を手放せるかどうか。それがAI時代のコスト削減の、最初の分岐点だ。
二つ目は、こだわりと修正の回数だ。
通常の開発では、完成までに何百回、何千回という修正を繰り返す。不具合の修正だけじゃない。「もう少しこうしたい」「やっぱりこっちの方がいい」——顧客の要件に合わせるための修正が大半を占める。
この修正の多くは、こだわりから生まれる。「うちはこのフローじゃないとダメ」「この画面だけ特殊な動きをさせたい」。そういうこだわりが一つ入るたびに、AIが使えない領域が広がり、人間が都度対応する作業が増える。
AIはベストプラクティス、つまり世の中で広く使われている標準的なやり方に沿って開発するのが得意だ。逆に独自の変な仕様があると、途端に時間がかかる。しかもバグが生まれやすくなる。
変なこだわりがなければ、費用が半額以下になることも珍しくない。これも打ち合わせではなかなか言えない。「御社の仕様が特殊すぎます」とは言えないから。でも本当のことなので書いた。
三つ目は、とはいえ「量」も関係する。
実装コストは限りなく小さくなった。でも、機能が増えれば動作確認にかかる時間は増える。さらに、機能同士が互いに影響し合うような設計になると、一つ変えるたびに別の場所が壊れないか確認しなければならない。量が増えるほど、その組み合わせは爆発的に増える。
実装は速くなった。でもテストと検証の工数は、機能の量に比例してかかる。そこだけは、AIでも短縮しきれない。
「でも、毎回同じようなデザインになるんじゃないか」
ここまで読んで、こう思った人がいると思う。
「ゆらぎを許容して、独自仕様をなくしたら、どこも同じようなサービスになる。ブランドとしての価値はどうなるんだ」
その感覚は正しい。こだわりは悪いことじゃない。
ただ、タイミングの問題だ。
よくある失敗パターンがある。新規事業を立ち上げる段階で、まだお客さんが一人もいない状態で、デザインや細かい仕様に強いこだわりを持ってしまうケースだ。
絶対に成功するビジネスはない。時間もお金も有限だ。こだわりが強いまま開発に時間をかけた結果、お客さんに届く前に予算が尽きる——これが一番もったいない失敗だ。
まずお客さんを集めて、使ってもらって、ビジネスが軌道に乗る。そこで初めて、ブランドや細部へのこだわりに投資する。その順番が、結果的に一番いいものを作ることに繋がる。
こだわりを捨てろ、と言いたいわけじゃない。こだわるタイミングを間違えないでほしい、ということだ。
削ってはいけないこと
こだわりを削る話ばかりしてきたが、削ってはいけないものも当然ある。
要件を決める時間。 「とりあえず作りながら決めましょう」は、一番コストが上がるパターンだ。AIは曖昧な指示に対して、それらしいものを出してくる。でも「それらしいもの」が積み重なると、後で全部作り直すことになる。最初に「何を作るか」を決める時間を削ると、後で10倍になって返ってくる。
設計のレビュー。 AIはコードを速く出してくれるが、設計の意図を理解して書いているわけじゃない。後から誰も触れないコードになっていたり、保守できない構造になっていたりすることがある。速く作れるからこそ、設計が正しいかどうかを確認する工程が今まで以上に重要になった。
動作確認の工程。 テストを省くと安くなる。でも省いた分は、リリース後にバグとして返ってくる。ここは昔から変わらない。
結局、何が言いたいのか
安く作りたいなら、削る場所を間違えないでほしい。
削れるもの——ゆらぎへのこだわり、独自仕様へのこだわり、「なんとなく気になる」微調整。
削れないもの——要件を決める時間、設計のレビュー、動作確認。
こだわること自体は間違いじゃない。ただ、まだお客さんがいない段階でこだわり始めると、こだわりがそのままリスクになる。
この記事を、今付き合いのある開発会社に見せてみてほしい。「こういう進め方、できますか」と聞いてみるといい。共感してもらえたり、見積もりが変わったりするかもしれない。
もし懇意にしている開発会社がなければ、うちに相談してもらえればいい。「とにかく安く作りたい」でも「ここだけは妥協したくない」でも、この記事を読んだ上で来てくれるなら、最初からその前提で話ができる。問い合わせの際に「この記事を読みました」と一言添えてもらえると助かる。
AIで開発の常識が変わった。でも、発注側がそれを知る機会はほとんどない。開発会社側も、変化が早すぎてうまく言語化できていないのが正直なところだ。この記事が、その橋渡しになれば嬉しい。

